主な活動フィールド

鎌倉の豊かな自然が楽しめる複数のフィールドで、のびのびと活動しています。逗子、葉山、藤沢方面にも出かけます。

由比ヶ浜での穏やかな一日
由比ヶ浜での穏やかな一日
裸足が気持ちいい公園の原っぱ
裸足が気持ちいい公園の原っぱ
川の水のつめたさを感じる
川の水のつめたさを感じる
トンボくんおいで
トンボくんおいで
木登りもたのしい
木登りもたのしい
雨の日の風景
雨の日の風景
森戸川源流を歩く
森戸川源流を歩く

安全指針

雨天・荒天の場合

森のようちえんの考え方では、雨もまた子どもたちが様々なことを感じ、身体感覚を養う格好の場です。雨の日の野山も積極的に楽しむ子どもになります。しかし、警報が出るほどの大雨や、風が強くて歩くのが危険な場合には、屋内スペースでの活動に切り替えます。

野外での安全

保育者はケガの対応などのために救命講習を受けています。ハチよけの捕獲網、ハチ刺され対策やケガの対応のための救急セットを常に携行しています。
散策はすべて携帯電話が通じるエリアです。また、フィールドの危険な場所を把握するとともに、不審者対策にも気を配ります。

災害発生時の対応

主に地震等の災害発生時の対応方針です。 ・すみやかに「ののはな」スペース(耐震構造、窓ガラスは飛散防止フィルム加工、海抜20m以上)に退避します。
・「ののはな」スペースの床下には2日程度すごせる量の飲料水、食糧、毛布を全員分備蓄しており、保護者の方が帰宅困難の状態でもお子さんを保護します。

リスクと方針

野外活動を主体とした保育ならではのリスクがあります。上記のような安全指針を掲げるとともに、子どもたちの「自分の身を守る力の成長」も大切にします。つまり、「小さいケガが大きなケガを防ぐ」という考え方です。この点へのご理解をお願いしています。
・「ののはな」の保育者は、フィールドのリスクの熟知、情報の更新を行います。
・救急・救命訓練を受けており、野外ではFirst Aid Kitやハチ捕獲用網を携帯しています。 ・災害時(津波・地震)対応についても子どもたちと一緒に訓練を行います。
・スポーツ保険への加入を行っています。

室内活動

充実した外遊びと室内活動は子どもの成長に必要な両輪です。外で体を使って遊ぶからこそ室内活動にも集中できます。また、豊かな室内活動は外遊びの質も大きく変えていきます。

約1,000冊の絵本を揃え、貸し出しもあります

お子さんや保護者への貸し出し日があります。絵本は随時更新しています。

読み聞かせ、「素読」の活動

読み聞かせや、俳句、短歌、論語などの朗唱も行います。歌あそび(わらべうた等)も大切にしています。

造形活動など

絵画・造形、手しごと、料理、表現あそび等を行います。遊具、画材、室内家具も厳選した自然素材のものを用意しています。

「素読」について

ののはなでは、年中から「素読」の時間があります。室内活動の日に、論語、短歌、俳句、紀行文、随筆、詩歌、漢詩、日本国憲法前文を朗唱します。無論、難しい文字は読めませんから大人の後について復唱していくのですが、子どもたちはこれが楽しいようです。訳もわからない、けれどどこか美しい響きを持つ言葉を声に出してみる、それを覚える、、、その過程を体で楽しんでいます。

幼児教育は「義務教育及びその後の教育の基礎を培うもの(学校教育法23条)」とされているとおり、「生きる力」の基礎を育成する時期です。森のようちえんは豊かな自然環境を基軸とした保育活動ですが、子どもの健全な発育=生きる力の育成を考えれば、自然の中で遊ぶだけではなく室内活動も重要です。
子どもたちが歩き、思う存分遊んで体を動かすことと室内で集中してなにかに取り組むことに加え、言葉の「体力」をつけることも大切だと考えています。

母語をきちんと正しく操り、言葉を大切にすることがますますおろそかになっているように思えます。グローバル化というものが避けられないのだとすれば、そこで必要とされるのは確かな思考力や判断力です。外国語を話すとしても、その中身は我々の母語を基礎とする教養を超えることはありません。思考や思索を支えるのは我々の言語能力です。これは「グローバル化」以前の問題です。

では、幼児教育における言語能力の向上はどのようにあるべきなのでしょうか。日本の幼児教育の祖である倉橋惣三は「幼児教育は生活の中での教育(現在では「環境による教育」と言われています)であるべきだ」と言いました。子どもの自然な時間の過ごし方の中に全てが組み込まれるべきだということです。幼稚園の場合には教科書を使った「意味」の教育はあまり効果がありません。子どもの発育段階がそれに向いていないからです。

では、「意味」の教育が向いていないならばどうすればいいのか? それは耳からの「音」「リズム」「韻」のインプットです。一つひとつの音の響き、五七五に代表される日本語のリズム、格調ある流れと響き、それらを意味とは切り離して朗唱する。昔から「素読」が3歳児程度からを対象に行われてきたのも、そのことが経験上有用だと実証されてきたからでしょう。子どもたちは歌を覚えるようにそれに親しみ、元気に朗唱を繰り返す中で体の中に日本語の力がしみこんでいきます。言葉の響きやリズムを反復・復誦し、何度も繰り返し読むことで、普段話されている言葉とは言葉の次元が違うことを次第に感じます。江戸時代の素読は3歳から始めて15歳くらいまで行われたそうですから、幼稚園時代だけでは心許ない部分はありますが、幼稚園時代は言葉に関心を持ついいタイミングだとも言えます。

素読や朗唱には、別の効用もあります。情緒の安定、語彙の多さといったものですが、小学校に入っても言葉が通り過ぎずにしっかり理解できる、文字を苦手にならない、といったことが指摘されています。

素読・朗唱は「早口言葉」や「言葉遊びうた」のようなやさしいものから始め、言葉を口にすることが楽しいと感じてもらいます。年長になると冒頭のような数々の材料をとりあげて素読を行っています。

東京図書館の松岡享子名誉理事長(故人)からは、「大人になっても、ふと口をついて出てくるでしょうし、そのときは、意味も味わえるようになっているでしょう。ほんとうにすばらしいことだと思います。」と励ましのお言葉をいただいたことがあります。なにより、子どもたちが言葉に対する愛着を持ってくれることが大切だと考えています。